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Page.Ⅰ    Y澤不動産

   ~畏怖 咽び家side story~

 

 

​階段を上って明るい場所に出る。

そこは沢山の人々や家族、ヒーローたちで賑わうちょっと変な街。''方南町''

東京メトロ丸の内線、終点駅。徒歩5分に、小さな新しい不動産はあった。

''Y澤不動産''

ん…?と思った方もいると思うが、この不動産のオーナーの名前は勿論、Y澤氏である。

彼は都内の不動産で勤務した経験を活かし、独立して不動産を立ち上げた。

 

 

 

そんなある日。

☏~♪

一本の電話が入った。出てみると相手は老夫婦だった。

「部屋の貸し出しを三部屋、したいんですが…」

話を聞くと、駅から徒歩五分圏内のとある一軒家の方。

以前から他でも募集をかけているが中々決まらない為、うちにも電話したそうだ。

店からも近い所だったので、Y澤氏は早速日取りを決めて内見も含め、会いに行く事にした。

〇月×日

Y澤氏はその一軒家に向かった。

家の前には善福寺川が流れていて、マンションや交番、製薬会社などが軒を連ねていた。

玄関は二つ。どちらか分からなかったので、とりあえずインターホンを鳴らすと、

右の扉から大家は出て来た。

「Y澤不動産の者です。本日内見させて頂くY澤と申します。」

かっちり決めたスーツをピシッと正すと、大家は頬を緩ませた。

「お世話になります。大家の齋藤と申します。後ろにいるのが家内です。そんな畏まらんで下さい。」

「そうですよ、さぁ上がって下さい。ご案内致します。」

白髪の男性、背はそこまで高くなく、手編みのセーターを着た齋藤さんと

笑顔が素敵で若々しい奥さんが出迎えてくれた。

Y澤は少し笑みをこぼし、家へと入っていった。

                   

 

「左手のドアって二階の方用のドアですか?」

「そうですよ。一階は我々の居住スペースで、玄関は右側です。

今回貸し出しのお願いをしようと思ってるのが二階なんです。」

 

と言って、二階へ案内してくれた。

勾配の急な階段だ。だが、手すりもしっかりついていて上りやすい。

何だかおばあちゃん家のような懐かしい感じがした。

 

「こちらの三部屋です。」

 

最初に案内されたのが階段を上がって左、手前の部屋だった。

引き戸を開けると、こじんまりした和室だった。

広さは4帖程で、上段下段と分かれた収納スペースがあり、布団が入っていた。

奥には窓がついており、開けてみると裏庭が見えた。二階で南側の部屋と言うのもあり、

日当たりはよさそうだ。

同じく南側にある隣の部屋は開き戸になっていて、

開けるとさっきの部屋と同じ位の広さの和室だった。

同じく上段下段と分かれた収納スペースがあったが、こちらにだけカーテンがついていた。

窓もついており、どちらの部屋からも日光が入ってくる。

こちらの方が心なしか窓が大きくて広い気がする…。

最後は北側の部屋。こちらも最初の部屋同様、引き戸になっており、

開けると押し入れが右奥にあった。壁には以前住んでいた方の、だろうか

絵や文字などの様々な落書きが多数残っていた。

窓を開けてみると、先程の家の前に流れる善福寺川が見えた。

景色は悪くないのだが、北側と言うのもあり日当たりはまずまず。

「この三部屋、家賃はおいくらで貸し出しなさいますか?」

「一部屋三万円で、と考えております。共同スペースもございますので

ご案内致します。こちらへ…」

と、奥へ案内された。

共同スペースには流し台や食器棚などそれぞれ二階に住む人達が

暮らしていくための家具が揃っていた。奥には和式タイプのトイレも設置されていた。

​共同スペースにも窓が沢山ついており、開放感がある。

「昔、二階の部屋にいとこが住んでいたので、黒電話をひいていたのですが、

・・・引っ越してしまって今は誰も使っていません。」

よく見ると、隅に昔ながらの黒電話が置いてあった。

「そうなんですね。これから入居される方は使ってもいいんでしょうか?

「勿論です。ただ、他の入居者も入り混じって使ってしまうと、電話代を個別に徴収する事が

難しいため、緊急時以外の使用はご遠慮いただきたく思います。

「分かりました。ご相談があった際にお伝えしておきます。では、また何かあった時にお電話頂けたらと…」

と、Y澤が帰ろうとした時に、奥さんに呼び止められた。

「もし、よかったらなんだけど、お茶でもどうかしら?

久々のお客様、じゃないけど来客なんて滅多にないから。」

「そうだな。たまに内見する人もいるんだが、中々決まらずに困ってたんだ。

そんな中来て頂いたし、仕事中だから無理強いは出来ないが、少しお茶でも飲みながら、

よかったら話していきませんか?」

Y澤は少し困惑したが、心優しいご夫婦のご厚意に甘えることにした。

「じゃあ…ここで知り合えたのも何かの縁ですし、少しだけ。」

夫婦はそろってにっこりとY澤に微笑みかけた。

Y澤はそのまま一階の居間に通され、お茶と少しの和菓子をご馳走になった。

その部屋は、ちゃぶ台にブラウン管テレビだけ、と質素な部屋だった。

そして、この家が築五十年になる事、息子さんが一人暮らしをしている事、

他愛もない世間話をした。

「あ、そうそう。最近ね、電線が古くて漏電でもしてるのかしら、

よく停電が起きるのよ。二階の人達不安がるかもしれないわ。」​

「そうだな、今のところ30秒程すれば戻るんだが…何とか修理してもらわないとな。」

「何かお客さんに聞かれて困ったことがあったら、いつでも連絡して来てくださいね。」​

「はい。停電も起きるんですね、分かりました。凄くご丁寧にありがとうございます。」

「いえいえ。二階に人が越して来たら、家族のように仲良くできたらって思ってるのよ。

お風呂だってよかったら貸してあげたいもの。もう何十年も二階に人は住んでいないから。」

奥さんは嬉しそうにこう話していた。

こんなに優しいご夫婦が大家さんで家賃三万円、か。こんな初めてな人にも良くしてくれる

気さくでいい方達だな。方南町に店舗を構えてよかった。

Y澤氏は深々と頭を下げて家を後にした。

店へと戻る足取りは、慣れない正座で足が痺れていたのを忘れさせる程に軽かった。

数日後、仕事も順調に捗りだした頃、

事務所に電話の音が鳴り響いた。

「はい、Y澤不動産…」

電話の声は以前お世話になった齋藤さんだった。

どうやら南の二部屋が同時に決まったらしい。

何でもとある男性が同時に借りたいと申し出て来たそうだ。

「よかったですね。無事に二部屋が決まったみたいで。」

齋藤さんはY澤不動産以外にもいくつかの不動産に公開していたそうだ。

その中の別の会社から申し出があった、との報告電話だった。

「はい。喜ばしい限りです。ですが、北側の部屋はまだ残っています。

壁の落書きも酷く、日当たりもそこまでよくないので、あまりにもお客さんが入居しない様だったら、

三万円から一万円に値下げしても構わないので、どうかよろしくお願いします。」

齋藤さんの声は凄く嬉しそうだった。

もう何十年も二階に住んでいる人がいないと仰ってたもんなぁ…

「あと、もし内見希望の方が出たら、いつでも来てください。鍵は開いていますから。」

「かしこまりました。そのように対応させて頂きます。

念の為、内見希望者の方が来次第、ご連絡いたしますね。では、失礼いたします。」

相手が切るのを待ち、静かに受話器を置いた。

さて、HP更新して引き続き募集待ちますか。

Y澤はいつも通り仕事をこなし始めた。

方南銀座商店街を歩く人々が手をこすり、白い息を吐くような季節になったある日。

忘れかけていたあの物件に一件の内見希望の予約が入った。

「〇月△日…内見希望者3名…!」

思い出した。希望者の方が来次第、連絡する事を。

Y澤は早速齋藤さんに電話を掛けた。

齋藤さんは昔の方なので携帯を持っておらず、家の電話にかけた。

ところが、一向に電話に出る気配がない。

外出してるんだろう、時間を空けて電話してみよう。

16時、18時、19時…電話をかけてみたが、出なかった。

いつでも見に来ていい、とは仰ってたものの…

勝手に行くのは申し訳ない。でも日にち時間の指定が入ってる以上、

電話には出なかったけど、入り方は教えてもらっていたので、内見させてもらうか。

当日、新入社員にその内見を任せることにした。

もし、電話がかかってきてもいいように、Y澤は別の仕事をしながら店舗に待機した。

 

方南町駅一番出口。

方南通りと環七通りが交わる場所。そこが、お客様との待ち合わせ場所だ。

ここにいるのがY澤氏より任された、新入社員のN西。

トレンチコートにスーツ。髪の毛をしっかり束ねてメイクもばっちり。

希望と初仕事に不安を少し胸に抱きながらY澤不動産の看板を持って待機してると、

約束の時間にお客様は姿を現した。

「内見希望のお客様ですか?お待ちしておりました。

今回内見の御案内をさせて頂く、Y澤不動産スタッフのN西と申します。よろしくお願い致します。

早速ですが、物件へと向かいましょうか。」

N西は物件までの間、お客様との距離を少しでも縮めるべく、

方南町のいい所や、近くにはスーパーや交番があって安心。

学校もあって暮らしてる人達はファミリー層が多い…など、

Y澤から聞いた情報や、調べたことを話してみた。

地図を頼りに物件へと向かい、内見を進めていくN西。

​このまま物件は決まるといいなぁ・・・。

バンッ!!!!!

「うぉっ…ど、どうした?」

勢いよく開くドアに驚くY澤。

そこにはぜぇ、はぁと息を荒げて立っているN西の姿があった。

「堀ノ内の…っ、あの…っ!」

「お、落ち着け。まずは息を整えてから喋ってくれ。な?」

ふと我に返ったN西は、息を整えてこう告げた。

「堀ノ内の物件が決まりました!Y澤さんが仰ってた通り、即決して頂けるなら一万円で契約できる旨を

お客様にお伝えしたら、契約して頂けるとの事で!それで契約書類をお渡ししようと思ったら、

デスクの中に忘れてしまってて…!」

Y澤は慌ててデスクの中を見ると書類が一式あった。

N西はそれを受け取ると、

「お客様待たせてるのですみません!!ありがとうございます!!」

と、風のように去っていった。

あのパンプスでよく走って戻れるな…とY澤は思いつつも、

手を止めていた仕事にまた取り掛かった。

嵐は過ぎ去り、ほどなくして電話が鳴った。

N西からだった。

「どうした?また忘れ物か・・・」

「Y澤さん!堀ノ内の物件前にいるんですが、鍵が閉まってて開かないんです!

インターホン鳴らしても、右側の扉をノックしても!返事はないし、物音もしないんです!」

遮るようにして言われた言葉は、正直信じがたい内容だった。

「とりあえず落ち着け、N西さんは近くに別の出入りできる場所はないか調べつつ、

家の前で待機してくれ。俺は齋藤さんに電話してみるから。」

「分かりました!また何かあったら電話します!」

Y澤は電話を切るとすぐさま齋藤さんに電話を掛けた。

ここからどうなったのかって?

真実を知りたい方は実際にY澤不動産から予約して内見してみては?

ーEND-

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