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Page.Ⅲ  殺人鬼 ( 後編 )

   ~畏怖 咽び家side story~

【Attention】

この先は、「殺人鬼(後編)」のストーリーです。

あらすじがないので、​

どこかに隠されている「殺人鬼(前編)」を読んでから

こちらの「殺人鬼(後編)」

読むことをお勧めします。

前編から読んで頂くと、より物語に没入出来ます。

このまま下へ、ゆっくりスクロールすると

後編を読む事が出来ます。

それではお待たせ致しました。

どうぞ。

走った。

全力で走った。

振り返ることなく、矢のように。まっすぐ。

物凄く焦る、というよりは

開放感があった、という方が正しいのだろうか。

溜まっていた黒い何かが一気に流れ出たようだった。

——————今までの自分とは嘘みたいだ。

近くの公園で手についた血を落とし、

顔を洗った。

上げて鏡を見ると、

自分の顔はこれまでにない、いい表情をしていた。

さっき自分が何をしたか忘れているような。

凶器はしっかりポケットの中に入っている。

落としてはいない。

辺りはもう既にどっぷりと日が暮れていた。​

黒川はまっすぐ家に帰って寝た。

 

 

黒川は起きていた。

何故かって?

次の事を考えていたからだ。

 

自首?

いいや。

如何にしてこの状況を上手く切り抜けるか、だ。

黒川はもう以前の黒川とは違う。

———生まれ変わったのだ———

黒川はいつも通り、身支度を整え家を出た。

 

今日は会社が荒れるだろうなァ。

灰色の空を、無数のカラスたちがこの家に集まるかのように飛び交っていた。

黒川はどこへ向かったのか?

―大関東製薬会社――

自ら捕まりに行くような場所に何故行くのか?

正気の沙汰ではない、と思う人もいるだろう。

彼は違った。

アイツが大事にしていた場所がどうなったのか

確認したかったのだ。

・・・案の定、会社は騒めきの渦に巻き込まれていた。

「ど、どうしたんですか。この騒ぎは。」

「吉川研究科長が何者かに殺されたらしいんだ。」

「え、研究科長が・・・?」

「気の毒だよな・・・受賞した最中で殺されるなんて。」

「そうですね。皆科長の事、慕ってたのに。」

反吐が出る。

でもま、周りは当然の反応だろうな。

あいつの本当の顔を知らない、こいつらからしたら。

慌てふためく研究メンバーたちを横目に

その場を去ろうとした時、ふとこんな会話が耳に入った。

「この会社に犯人がいるかもって辞めてくやつ10人はいるって噂だぜ?」

「まじかよ・・・でも確かにそうだよな。ここにいたら命がいくつあっても足んねぇよな。」

「早いとこ俺らも辞めた方がいいかもな。勤めてるってだけで何言われるか分からねぇ。」

この会話を聞いて黒川は、波に乗じて会社を辞めた。

有難い事に、警察からの取り調べも軽いものだった。

周りが自分を憶病だと認識してくれていて、好都合だった。

さて、午後の時間も空いた事だ。

次、だな。

足を止める間もなく、次の目的地へと向かった。

ここから彼の逃亡生活が始まる—————————

黒川は引っ越した。

大田区にある会社からさほど遠くはないが、

身を隠すにはうってつけの場所。

————————杉並区、方南町。

一軒家の二階の二部屋を同時に借りることにした。

大手の会社に勤めてただけあって、お金は少し余裕がある。

大家は一階に住んでおり、とても優しい老夫婦だった。

家賃も比較的抑え目で、周りも住宅地ばかりで家族連れが多い。

「貴方が黒川さんだね?大家の齋藤です。

隣にいるのが家内です。これからよろしくお願いします。」

「困ったことがあったら何でも遠慮なく言ってちょうだいね。」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。」

犯罪者を匿う大家、としてな。

大家に挨拶をすると早速自室へと入っていった。

「さて、しばらくは今まで働き詰めだった分、

休む暇もなかったからのんびり暮らすとするか。」

バレる心配は今のところ何もない。

自分の研究室もきれいさっぱり処分した。掃除もぬかりなく。

警察にも、研究室のメンバーにも怪しまれることなく辞める事も出来た。

そして壁に新聞記事を貼った。あの凶器も、厳重に金庫の中にしまった。

腹いせにあいつらの写真を黒く塗りつぶしてやろう​。

だが、異変はすぐに起きた。

周りが俺だけを見る。

何故だ。何故何故何故何故何故?

何故俺ばかり!

殺人者だからか?

外へ出るだけで視線が痛い。

少しコンビニに行っただけなのに。

チリチリと焼かれるようだ、身体に穴があく感覚。

罪悪感か?

あいつへの?

違う。

殺して正解だった。

俺は間違っていない!!!

「「でも殺したことには変わりない」」

「「人殺し!!」」

「「正義者ぶってる偽善者め」」

やめろ

五月蠅い

ミルナ

「そうだ。俺は疲れてるだけだ。そうだそうだ。

こんなことはあり得ない。薬を飲めば楽になる。きっと。」

黒川は精神安定剤を飲み始めた。

でも、その痛みが治まるわけでもなく、

ましてや改善するわけでもなく、

悪化していく一方だった。

そして、

手を染めてはいけないものも貪欲に、貪るようになった。

 

――□□□□―――

まるでその姿は、生きるために必死な下等動物、そのものだった。

大家からの毒電波。

幻覚は見るし、蝶が自分の周りをしきりに飛び交う、

雑音は五月蠅い、誰もいもしないのに誰かが俺を見てる・・・

ミルナミルナミルナミルナミルナミルナ

ミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナ

ミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナ

ミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナミルナ

ミルナミルナミルナ

俺を、ミルナ・・・

幾日過ぎた事か。

今の黒川には分からない。

そんなある日。

大家が部屋を訪ねて来た。

 

「家賃を払え」

俺は躊躇なく殺した

 首を絞めて、死ぬまで何度も何度も殴った。

もがき苦しむさまは、かつての自分を見ているかのようだった。

そいつはぴーぴーと雛鳥のようにないていたが、

事切れるのは一瞬だった。

五月蠅い・・・雑音だ。

何もできない弱者が。

俺をミルナ。

あの時、女の方は怯えて何もできず、黙ってこっちを見てた。

黒川はふとあの時の事を思い出した。

また刺して殺そう。

こいつの悲鳴は五月蠅くない。

あの時の感触は忘れられない。

これはツマラナクはない。

強引に腕をつかみ、一階へと降りていった。

無造作に風呂場へ投げ飛ばし、

空気を四秒で吸った刹那——————

大家の奥さんは叫びも虚しく無残な姿へと変わっていった。

黒川は奥さんだけでなく、すでに息絶えた大家も

一緒にバラバラに解体した。

悲鳴を聞くのが、

刺すのが、

人が人でなくなっていく姿を見るのが、

黒川にとってはメロディを奏でるかのように心地よかった。

あーあ。

殺すつもりはなかったのになァ。

でま、やっちまったもんは仕方ない。

 

だが、後頭部が紅く花開く瞬間はたまらなかった。

中身がどろっと流れ出し、こちらの視界に晒される。

美しい。

あまりにも塊が綺麗に紅く染まるものだから

食べたいとまで思ってしまった。

 

そうだ。食べればいいんだ。

しばらくは外に出ずに済む。

一日ずつ

いちにち

ずつ

大家だった それ は骨へと変わっていった。

そして黒川は

殺人鬼への階段を上り始めた—————

​*

しばらくと言っても終わりは必ずあるもので。

それはあまりにも早く迎えてしまった。

「流石に二体だけじゃ足りねぇか。」

​味は何とも形容しがたいものだ。

肉にも弾力がない。

量が少ない。年寄りはダメだ。

・・・そうだ。

殺人鬼が次のターゲットにしたのは若い女だった。

連れて来ては殺し、

連れて来ては殺し。

そして食べた。

若い女はやっぱりいい。

専門分野で培った知識を活かし、

自分が作ったお手製の睡眠薬ですぐ簡単に連れてこれる。

肉も弾力があって、食べ応えがある。

血生臭くない。殺す時も快感でしかない。

女の肉を食べると、蝕んだ頭が正常に戻れた気がする。

ただ・・・

飽きた。

殺す前の嫌がる女たちを撮影したり、

それを何度も何度も見返しもした。

何度見ても面白いのだが。

殺せばすぐ終わってしまう、映像だとリアル感がない。

この高揚感をずっと保つためにはやっぱり、

監禁し、好きな時に嬲り殺す事。

折角一階も使える、監禁できる場所をつくるか。

部屋も無数に余ってる。

黒川、もとい殺人鬼は一階に拉致して来た女を監禁できる場所をつくった。

だがこれでは物足りない。

殺人鬼は考える。​

何を考えてるかって?

監禁できる場所を何個作るかより、

何人殺せるかを考えている。

そんな男へとなり果てた黒川。

かつての面影は程遠くなってしまった。

そして誰も出られない、入ってこれない様に南京錠を至る所にかけた。​

次に連れてこられたのは、

花柄のワンピースを着た髪の長い、細身の20歳代の女性だった。

彼女が目を覚ました時には真っ暗な空間にいた。

身体は悲鳴を上げてるし、なぜ自分がここにいるのかもわからなかった。

試しに声を少し出してみる。

「誰か・・・」

シン———

 

と辺りは静まりかえっている。

痛みが走る身体に鞭を撃って、手探りで自分のいる空間の広さを確認する。

そこは畳一畳もない・・・

例えるなら、押し入れのような空間だと感じた。

私は気絶している間に何度か殴られたのだろう、

体の至る所が痛い。

痛みで今、何とか意識を保っている感じだ。

いつ連れて来られたのかも、今日が何日なのかも分からない。

不安がよぎる中、急に光が彼女の眼に差し込んできた。

「誰・・・ここはどこ?」

視界が眩む中、か細く声を出すと

頬に痛みが走った。

「うるせぇ、黙ってろ。お前に人権は今後一切ない。

痛み苦しみながら死んでもらう。勿論、俺の為にだ。」

状況を全てを受け入れる前にまた意識が飛んだ。

殺人鬼は殺さない程度に楽しんだ。

確かにすぐ殺してしまうよりずっといい。

自分の好きな時間にやっても誰も俺を責めやしない。

飽きたら殺して食べればいい。

これを毎日のように繰り返した。

 

 

​風が強いある日。

外の光が差し込んだ。

またいつものように殴られるのか。

彼女はうっすら目を開けた。

「お前はもう用済みだ。

悲鳴も上げない、ツマラナイ玩具だ。

十分甚振った後、バラバラにして食ってやる。」

「何で。何で私、こんなことされなきゃいけないの・・・

「うるせぇ!」

「――っ!

・・・そうやって、殴る事しか、自分の事しか考えてない。

人の生きる希望を奪ってる、あなたはただのクズよ。」

この時、殺人鬼は一瞬動きが止まった。

それはかつての自分が吉川に言ったような言葉と同じだった。

しばらく殴り続けたが、ふと手を下した。

「ちきしょう・・・ちきしょう・・・!

どいつもこいつも皆、俺を馬鹿にしやがって!!今すぐ殺す。

お前じゃ俺を楽しませるどころか癪に障るような事しか言わねぇ。」

彼女は目を閉じた。

嗚呼、ここで自分は死ぬのだと。悟った。

でも自分は間違ったことは言っていない。でも自分が助かる道はもうないのだと

諦めていた。

 

だが・・・

「今日はやけに風が強いな。

さっきからガタガタうるせえんだよこのボロ家が!

お前のせいで腹の虫がおさまらねぇ!ちきしょう。

これを直し終えた後、お前を殺して食ってやる。

それまで大人しく待ってるんだな。」

そう言い残して扉を閉めて閂と鍵をかけた。

血が滲み、気絶させられるまでずっと殴られ続けていたので

気付かなかったが、今はっきり理解した。

鉄パイプの檻に一畳もない暗く狭い空間。

————ここが 牢屋 なのだと。

殺人鬼は間借り人用玄関の南京錠を開けて、裏庭へ向かった。

どうやら屋根の一部分が外れかけていてそれが風に靡いている音だった。

どうも腹の虫がおさまらない殺人鬼は

直す、よりも剥がしてしまおうと思い、手にかけた。

一方牢屋の中の女性はある物音を聞いた。

誰かがこの家に入ってくる。

それも複数人。

彼女は岩と岩の隙間からわずかにさす光の様な希望を感じた。

「この人達が私に気づいたらきっと助けてくれる・・・!」

チャンスはおそらく一度きりだろう。

次は確実にない。

​彼女は力の限り扉を叩いた。

「お願い!!誰か・・・!!

叫びも虚しく、あいつが返ってきた。

「おい、何してんだ」

彼女は扉が開いた瞬間今だ、と思わんばかりに力の限り叫んだ。

「お願い、私をここから出して!いやっ、

誰か!誰か助けてぇぇぇ!誰かぁ!!!」

「うるせぇ!!」

猛々しい笑い声は殴られる彼女の声と共に部屋中に木霊した。

 

 

 

「おい・・・、おいおいおい!!

マジかマジかマジか!ちきしょう・・・!!誰かが家の中に入ってきやがった。

ちきしょう。折角俺が築き上げたこの世界に・・・!

ちきしょう・・・ちょっと鍵を開けただけだろうが。そんな事あるのか?

大家の親戚か?まぁいい、入ってこられた以上は殺るしかない。

音的に数は複数人・・・

今すぐ乗り込みに行くのは得策ではない。

「せっかくお前を楽しく解体できると思ったのに邪魔がこう何回も入るとはな。

いいか、何も喋るなよ。助かったなんて思うんじゃねぇぞ。

ちきしょう!」

と、思いっきり扉を閉め、閂に鍵をかけた。

怒りがふつふつと湧き上がる。

俺の邪魔をするな、と。

殺人鬼は一階から電話を掛けた。

二階への黒電話に。

四秒で吸って、八秒で吐く。

珍しく二回繰り返した。

今まで一回しかやった事がないのに。

案の定、電話の相手は出た。

「もしもし。あの、さっきそちらの建物で、

凄い物音と叫び声が聞こえたんですけど

大丈夫ですか?」

「大丈夫です。」

と、電話の主は答える。

怒りの沸点は最高潮に達した。

「こっちは大丈夫じゃねぇんだよ!!

おい、何勝手に人の家に入ってやがる。二階にいるな?

今から行くから待ってろ!」

受話器を投げ捨てるとすぐさま内鍵をかけて、

入ってきた奴らを外へ逃がさないようにし、

二階へ向かっていった。

 

沢山の人の血で染まった

 

ナイフを握って。

-END-

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